廊下を猛ダッシュで走っている。こうでもしなければ売店名物デミソースパン(略してデミパン)は確実に売り切れだ。息切れしている自分を無視して走る走る走る。止まればデミパンは野球部の口の中に放り込まれることになってしまう。なんとしてもデミパンを野球部の手から救わねばならないのだ。
、あ
目に入った瞬間に足を止めることは不可能だった。
ドン
鈍い音とともにあたしともう1人が廊下にしりもちをついた。
「、ったー…」
「いて… あ、さん…」
「 え?」
片目をゆっくり開けて目の前にいるその人を確認して両目を見開く。自分の名前が呼ばれたことにも驚いたけれどそれよりも。自分が飛び込んでしまったその現場に驚いた方が先だった。隣にいた女の子は走り去っていってしまった。勝手に推測するとさっきの女の子は彼に告白していたのだろう。
「え、え!?ごめんあたし邪魔すぎたよね!?」
「なんで?別にいいんじゃない?」
「…撥春くんに告白、だよね?」
「違うけどなんて言うか…縁を切る、みたいな」
「 はい?」
聞こえなかった?と微笑むような笑顔で言うと撥春くんは未だに座り込んでいたあたしに対してゴツゴツした大きな手のひらを差し出す。その手に触れるところが熱を持つ。立ち上がった瞬間に手を離した。
「…アレは彼女?」
「さーどうなんだろうね」
「・・・・・・」
「でもさんが来てくれて助かった… あのコしつこかったからさ」
笑顔だけみれば由希くんに負けず劣らず輝いているのだけれど話す内容は由希くんからも撥春くんのイメージからもかけ離れていた。なんなんだこの人、とつい口から零れ落ちそうになった言葉を丸呑みして「ははは…」と乾いた笑いを並べた。
「まー流れでヤっちゃったからいけないんだけど」
「、え?流れって、え!?ヤったの!?」
「申し訳ないことしたよねホント」
「…それ、謝った方がいいと思うよ」
「そっかー」と間延びした声で言うと彼はそのあとに思い出したように口を開いた。
ところであの人、
名前なんだっけ?
(この恋心が冷めぬ前にだれか彼にお灸をすえてやって)
「それよりさんは何をあんなに急いでたの?」
「 あ!デミパン!!!」
(071212)