真撰組を脱走したのは気まぐれでも何でもなく初めから決めていたことだった。私が近藤さんに拾われたときからそれは、彼らと共に行動することへの条件のように自分のなかで決定されていたことでもあった。あまり長くを過ごしたわけではなかったけれど彼らは私に良くしてくれて カゾク ってこんなかんじだったなそういえば、と淡い記憶を思い出させてくれたりもした。総悟との喧嘩もジミーとのミントン勝負もカゾクとの思い出のようで、幸せだった。
けれど彼だけは私にとってカゾクには成りえない特別な存在になってしまった。いやそう言うのは彼に失礼だろうから、してしまったという方がいいのかな。近藤さんに拾われ真撰組の一員となった日私は「もし彼らの誰かをすきになってしまった時が来たら組を抜ける」と決めた。そしてそのときが来てしまった。
人を斬るときのあの苦しさとは違う鼻の奥がツンとするような苦しさに呑まれていた。一本の刀を抱えて路地裏のゴミ箱の後ろに座り込んでいると、すぐ近くを近藤さんが走っていった。大きな声で私の名前を呼んでいた。何度も何度も何度も。総悟の声も聞こえた。みんなごめん、
「おいおい、いい歳してかくれんぼか」
背後から降ってきた声は土方さんのものだった。ゴミ箱で隠れてるはずなのになんで、と心の中で問えば彼は予想していたように「刀見えてんぞ」といつもと変わらぬ調子で言った。また鼻の奥がツンとする。目の淵に生温い水が溜まっていくのが分かり急いで手の甲で拭きあげる。
「別に副長とはしてません」
「あーそ、そりゃどーでもいいんだがお前何してんだ」
「かくれんぼです」
「近藤さん心配させて何がかくれんぼだ、あ?」
「副長には迷惑かけたつもりないんで黙って帰ってください」
足音が大きくなってくる。ザッザッ、と砂を散らしながら黒い靴は私の前で止まった。ゆっくりと立った私は抱えていた刀を目の前の土方さんへと真っ直ぐに向け「あのバカな近藤さんに伝えたらいいですよ、は裏切ったんだと」と握る掌に力を入れる。
「これ以上近寄れば、斬ります」
「バカか、山崎でもお前には斬られねーよ」
「副長はそのまま帰ってくださ、」
「 つーか副長副長うるせえんだよ」
目を見たらもう駄目な気がして ぎゅ、と刀を更に強く握り締める。
「だれ演じてんだお前、何だ バカな近藤さん って」
「なに、」
「お前に斬れるわけねーだろ俺が」
「、だから近寄るなっ」
「」
名前を呼ばれた瞬間に爪の先まで熱を持つ。私はいつでも彼に支配されている。
「鬼に見つかりゃかくれんぼは終わりだろ、帰るぞ」
私が着いて来ているのかも分からないはずなのにこちらを振り返りもせずに歩いていく。土方さんの背中が小さくなったころじんわりと右足を踏み出した。どうせあの人は分かっているのだ、私が自分の後ろを着いて歩いてくることも本当は真撰組のみんながだいすきで抜けたりなんかしたくないということも。
その先には
いつも
あなたがいた
( わたしが土方さんをすきだということもね )