彼に初めて恋した日は、どんよりとした曇りの日だったと思う。







 とてもすきだった。 とてもとても好きで、彼の部活であるサッカー部の試合には欠かさず応援に行ったし時折言う野球部の悪口も彼の言葉ならと一言一句逃さず聞いた。かねてからの願いだった彼女という肩書きに納まることもできた。何度も「すきだ」という言葉を聞いていた。けれど、それはもう彼の中では過去の出来事として片付けられてしまったらしい。サッカー部の練習が終わったあとだった。
「もう好きじゃないんだ」。理解するのに時間を要した。何も言うことができないまま私たちは別れることとなってしまい、そう、まさに私の心はこの空のようにどんよりと重く曇っていた。


生ぬるい風が頬を掠める。普段は通らないので見ることのなかった野球部の練習風景を横目で見ながらゆっくりと歩いていた。一歩が重いのだ。軽快な金属音とともに部員の声が大きくなる。つられてその声の方を見る、するとボールを拾いながら目が合った彼は急いでこちらへ走ってきた。同じクラスの風早だった。



「よ、」

「風早...練習いいの?サボリ?」

「ちが、サボリじゃなくてここまでボール拾いに来たの」

「ふーん」




とりとめのないどうでもいい会話をしていた。笑顔をつくることも大変で、できることなら早くこの男から離れて誰もいないところで____泣きたい、と思った。そっかじゃあまたね、と言おうと口を開きかけたとき風早の言葉が先に放られ、開きかけた口をやんわりと閉じた。


「なんか....ダイジョブか?」

「....は」

さっきから変、とゆーか....泣きそう」

「なに、言ってんの? それ多分ドライアイだよ、ぜったい」





なんでこいつなんだ、と思った。


彼にしてほしかったことをこんな、野球部の、爽やかボーイに


彼がいつも文句ばかり言っていた野球部の


そう、彼はいつも言っていた。野球部は他の部活を思いやる気持ちがない、と









他人を思いやっているじゃないか


私のために心配をしてくれているじゃないか




( なんなのアイツ....嘘ばっか言って )



「ちょ、? どーした?」


瞬きもしていないのに頬に温かい水が伝っていき、それは止まることを知らず絶えず流れ続けていた。今までのことが、まるで映画の予告のように巡ってそのたびに涙が溢れた。風早の姿はぼやけて見えなかったけれど声で彼が心配してくれていることが分かった。ごめん練習あるよね、と言いたいのだけれど口が上手く動かずにただ息を吸うことに必死で風早の言葉に「ありがとう」と返すこともできない。なんて最悪な日だろう、と自分の運のなさを呪おうとしたとき風早の声が耳に響いた。




「絶対、絶対良いことあるから!」



「絶対!」





なんでもない簡単な言葉だったけれどぼやけた視界は徐々に鮮明になっていった。風早の言う「絶対」が本当に存在するように感じた。何の確証もない励ましの言葉なのかもしれない、だけど彼が言うことでそれは私のどんな否定の言葉をも寄せ付けないものになった。
右の拳をキュッと握り濡れた頬を拭くと彼は目の前で安心したように笑う。ありがと、と言って踏み出した右足はすごく軽かった。








        私はあの曇り空の日に、風早に恋をした








それが恋だよ



と教えられた


彼に初めて「すきだ」と伝えた日は、青い空がとてもきれいな日だったと思う





(080818)