2時間のサスペンスドラマもいよいよ主人公が犯人のアリバイを崩しにかかろう、というところで。神様の暇つぶし程度のいやがらせが始まったらしい。ピンポーンと玄関のベルが鳴り響いた。もたつく足に心の中で文句を漏らしながらドタドタと玄関へ行く。ドアを開ければ案の定あいつだった。
「ドーモ」
ガチャン。
顔が見えたとたんにドアを閉めた。もう一度テレビを見ようとしたのだが、近所迷惑な程ベルを鳴らすあいつを放っておくわけにもいかず、高鳴る心臓を抑えて抑えてもう一度ゆっくりドアを開けた。
「おい!なに閉めてんだオマエ!!」
「夾くん飽きないね」
「なにがだよ!」
「、近所迷惑だからあんまり大きな声は出さないでね」
「なんでもいいから か え せ !」
夾くんは、文化祭のときに王子の役を演じた劇「シンデレラっぽいもの」の写真を返せとここ最近家に来るのだ。あたしが返さないせいだけど、なんだかかわいそうな人に見えてしまうときもある。最近は「男の恥だバカ!」といのが口癖になりつつあるほど。
そして。
あたしも同じくなんだかかわいそうな人だったりするのがまた悲しい。
どうしてかあたしはこの人に心奪われているらしい。
「だってあたしにとってあの写真はレアっていうか…」
「新手の嫌がらせか!?俺には肖像権とかなんかそんなんが色々あんだよ!」
「…」
「だいたいあんなの男のはじ、」
「なーんて、ね!」
好きな人の写真だったから。だから1枚くらい持っていたかった。そんな淡い気持ちだったのだけれど、夾くんをここまで必死にさせてしまっているのはいつも夾くんのことを考えている自分自身だ。結局、考えている「つもり」だったのかもしれない。
好きな気持ちもそうだったら良かったのに。
(といつも思う)
そうだったらどれだけ楽かも分かってるのに。
( なのに なのに なのに )
「あたしも毎日毎日夾くんの対応するのも疲れちゃったし、」
「 え」
「それに、最近ユキくんの写真の方が欲しいかなーって思うし」
なのに
「だから返すねコレ!夾くんの写真」
なんでだろう
好きな気持ちは「つもり」なんかじゃないんだ。
「…… やっぱ いいわ」
「 は?」
「今日は手ぶらで帰りたいっつーかなんつーか…今日はいい。今日はな!」
「……」
「だからまた明日来るわ。明日は返してもらうかんな! タブン」
「いや、ポケットに入るでしょ?」
「入らねえ」
「入るじゃん」
「入らねえ! …… いいから持っとけ、ソレ。明日また来るから」
じゃ、と言って帰っていった夾の言葉が脳裏からはがれずに鼓動は加速する一方だ。言葉だけじゃなくて、表情もしぐさも。なにもかもがあたしの中に焼きつけられて心は焦げそうになっている。
もう夾くんが家に来ることもないと思ったけれど、あの人はまた、明日も来てくれるらしい。あたしはまたドラマのクライマックスを見ることができないだろう。
だけど。
もうそんな安いクライマックスなんてどうでもいい。
あたしが見たいのは今の、明日の、明後日の、1年後の―――――
beyond word
(言葉にできない)
口に出すのが勿体無いよ
(071202)